本当に快適な住宅とは……
セルゲイ・ニポームニャッシィさんは、モスクワ建築大学の都市建設学部を1980年に卒業。同大学で教鞭を執っていたが、
1991年より独立して建築設計を請け負うようになり、1999年、オリガさんとともに自らの建築設計事務
所「セルゲイ・ニポームニャッシィとその仲間たち(SNiP)」社を設立した。
以前からアイデアを暖めていたが、次第に「本当に快適な住宅と都市空間を作りたい」と考えるようになり、2006年6月から 「光のあふれる未来のモスクワの家」をテーマとした商品の営業を開始した。
光あふれる未来のモスクワの家
セルゲイさんは、設計にあたり、居住空間に対するロシア人の伝統的な意識を熟考したという。
「ヨーロッパと比較した場合、ロシア的空間の特徴は何といっても広大さです。たとえ、 都市に住んでいても、さえぎるものなくどこまでも広がる大地が、ロシア人の心のなかには生きているのです。ヨーロッパの街では、 自分の家の窓が隣家の窓に面していても平気ですが、これはロシア人にとっては非常に苦痛です。
私は隣人の生活を覗きたくないし、自分の生活を傍目にさらすのも嫌です。ロシア人にとって居住空間の最大の価値は、青空と太陽、 そして大地のパノラマです。この” 大地“は雪や家並みであっても構いません。重要なのは窓からの視界のなかに他人がいないということです」
近未来のモスクワの住環境
今やモスクワの人口は、市内だけでも約1000万人、市外からの通勤者や出張者、出稼ぎ者などを含めると、 1300万人にも膨れ上がるといわれる。従来のモスクワの住宅は高層の集合住宅を建て、住宅間の距離を空け、 大きな緑地を残すという理念のもとに計画されてきた。しかし、この考え方が将来的に通用するとはセルゲイさんには思えない。
「既存の市内の住宅環境で残る選択肢は、集合住宅間の距離を縮めて
”窓が窓に面する“状態に向かうか、または、現在の集合住宅間の距離をできるだけ維持しつつ、公園などの緑地帯を削って、 新たな集合住宅を建てるかの二者択一になるだろう。いずれにしても人口密集は避けられない。
通常の巨大な集合住宅では、あたかもトンネルのなかに建つような暗い部屋の数が増大してしまうだろう。 理想の快適さとはほど遠い住居が生まれてしまう」と、セルゲイさんは近未来の快適な住宅を模索する。
すべての部屋に太陽光の効果を
セルゲイさんは太陽光の効果を計算し、入り組んだ外壁と、すべての部屋に太陽光が差す、合理的な建築様式を提案している。
「太陽光こそ人間の身体の生物的なリズムを維持し、快適な感覚を生み出す源なのです。この建築様式によって、 直射日光あるいは反射光を部屋の中に取り入れ、寝室や食堂にも自然光が入るようにし、角度の違う窓からは、 パノラマ状に広がる景色と完全な室内のプライバシーを同時に得ることができます。しかも、 実際に快適に住むことのできる居住空間を小さな立地面積に収めることができます」と言う。
この理論に従ってモスクワ北東部ショールコフスコエ街道通りに実際に建設されているという住宅を見せてもらった。
建物の外観は、楕円状の断面をもち、正面に大きな切れ込みを持っている。この正面の大きな切れ込みの表面は、 一定の角度を持つさらに小さな切れ込みに覆われ、全体がカーテンの面を思わせる。
セルゲイさんは、外壁全体に繰り返されるこの切れ込みを「光の洞窟」と名付けている。
「光の洞窟は、建物の奥の部屋に太陽光を供給する、いわば光の水路です。光の洞窟の表面にすべての部屋の壁と窓が面しており、 窓は光の差す方向に面しています。この洞窟の容積は一見大きく見えますが、隣人の部屋を見ることはできないように作られており、 カーテンを引く必要もありません。
各々の部屋の窓からは、外の広々とした景色を望み、かつ洞窟の壁はほとんど目に入らないようにできています」
一つひとつのフラットにおける部屋の配置は、どの部屋にどのような光が必要であるかという考慮に基づいているという。
「例えば、子ども部屋には朝の太陽が差し込みます。書斎には直射光は邪魔になるので間接光が、 寝室と食堂にも太陽光の照明が必要です。 客間には大きな窓を設けて、眺めのよいパノラマを考慮しています。 すべての部屋にそれぞれ必要な光が差すように、 部屋を光の洞窟の表面に配置しています」
集合住宅でありながら、複雑な形状のため、高層住宅特有の強風を防ぎ、集合住宅の作る威圧感も和らぐ。最大の利点は、高い居住容積率。 さらに、部屋の壁がそのまま外壁になっていることから、当初の案よりも建設費が安く済んだということも利点だ。
現在、モスクワの数カ所で同様の集合住宅の建設が進んでいる。


