民俗音楽への関心を高める
音楽祭には、ヨーロッパ15か国から、 伝統的民俗音楽、エスニックジャズ、 エスニックロックなどさまざまなフォークソングジャンルの17のグループが参加した。 ロシアで開催されるのは初めてで、モスクワのツァリーツィノ公園には連日1万人を超える観客が集まった。
民俗音楽の良さを人々に理解してもらうために始まったユーロフォークは、入場無料とあって、モスクワはもとよりモスクワ周辺、 そしてヨーロッパ各地からの観光客も加わって大盛況だった。
ロシアを代表したのは、セルゲイ・スタロースティンとジーリ・ブィリ(昔々)のグループ、アカデミー・ロシア民謡合唱団、アグニ・ ギターとグルニャのグループ、そして司会はマリーナ・カプロが務めた。音楽祭の模様はヨーロッパ全土にライブで放映された。
ロシアでは伝統的な民俗音楽の保護とその継承、伝統を基にしたクリエイティブな作曲活動などの分野は、 ヨーロッパに比べまだまだ遅れており、この音楽祭を機に民俗音楽への関心が国内で高まることが期待されている。
ツァリーツィノ公園とは……
2007年9月、 モスクワ建都860年を記念して開園したツァリーツィノ公園は、 かつて、エカテリーナ二世がモスクワ郊外に計画した広大な離宮の跡である。エカテリーナ二世はピョートル大帝の夏の離宮 (ペテルゴフ)に勝るとも劣らぬ離宮をモスクワ郊外に造ろうという理想に燃え、1776年、 建築家バジェノフに建設を命じた。しかし、バジェノフが10年の歳月と莫大な資金を費やして完成させた宮殿はエカテリーナ二世の気に入らず、 バジェノフは解雇され、宮殿は取り壊し命令が出された。新たに建築家カザコフが新規に設計し、建築を進めたが、 完成を待たず女帝が逝去したため離宮建設は頓挫。その後、何度か再建の話は持ち上がったものの、 結局朽ち果てるままに放置されてきた。ソ連時代には廃墟のまま市民公園となっていたが、2005年モスクワ市の管理に移行された。 モスクワ市は残っていた図面を基にエカテリーナ二世の離宮計画を進め、2年間の大工事の末、 総面積12haの広大なツァリーツィノ公園が開園した。


