コローメンスコエの歴史
コローメンスコエは、14世紀初頭、モスクワ大公イワン一世の時代には、 モスクワへの進入路にあたる戦略地点として知られていた。
16~17世紀には、イワン雷帝(リューリク朝)やピョートル大帝 (ロマノフ朝)などの別荘がこの丘の上に建てられ、皇帝の別荘村と呼ばれるようになった。当時残っていた一部の建築物も含めて、 ロシア各地から歴史的な建物が移築され、現在、史跡公園となっている。
数ある建造物のなかでも1532年に建てられた「ヴァズネセーニエ教会 (昇天教会)」は、ロシア国内に現存する最古の石造建築物であり、1994年にユネスコの世界遺産に指定されている。
そのほかにも、17世紀中頃、270の部屋、 3000の窓を持つ巨大な木造宮殿が建造された。 このような大規模な木造建築を誰がどのような目的と意図をもって建てたのかは今も不明で、「世界の8番目の不思議」といわれている。 現在は、博物館に40分の1の模型が展示されている。
1645年、皇帝アレクセイ・ミハイロヴィチ・ロマノフが、 この地に建つ木造宮殿を公邸としたことから、コローメンスコエは「黄金時代」を迎えた。
コローメンスコエには、16~17世紀に建てられた教会が、
博物館の陳列品のように並んでいる。ゲオルギー鐘楼、時計台、イアオン・プレチェチャ教会など石造建築が多いが、
木造建築にも興味深いものが多い。
注目したいのはプレオブラジェンスキー村から運ばれてきた17世紀唯一の木造建築である蜜酒製造
所。
プレオブラジェンスキー村は、 ピョートル大帝が幼少時代を過ごした地として知られている。父アレクセイ亡き後、 摂政として君臨した腹違いの姉である皇女ソフィアによって、プレオブラジェンスキー村に母と共に追放されたピョートルは、 ここで少年兵の仲間を集め、川下りや軍事演習をしたりと、闊達な少年時代を過ごした。
1702年にピョートル大帝が住んだ小屋もアルハンゲリスクからここに移されている。
エカテリーナ2世、アレクサンドル1世、ニコライ1世、 アレクサンドル2世など、歴代の皇帝たちもこの土地をよく訪れていた。
古い宮殿のあった場所にエカテリーナ2世は宮殿を造ったが、 残念ながらこれらの価値ある建物は倒壊し、当時の宮殿を思い起こさせるものは、1825年築のパビリオンだけとなった。
コローメンスコエの見どころ
世界遺産に登録されたヴァズネセーニエ教会の左側に建つレンガ造りの建物は、 かつて皇帝の食事が作られたという場所で、現在は陶器のコレクションが展示されている。「金の埋蔵地」と名付けられた展示室では、 銀箔や金メッキを施した古いイコン、金メッキを施した王門、貴重な教会の織物、金メッキを施した木製彫塑、木彫り製品など、 数多くの蒐集品が展示されている。
1923年には博物館が作られ、5~20世紀初頭までの古書、イコン、
タイル、貴金属など、歴史的にも文化的にも貴重な作品が数多く展示されている。
コローメンスコエの催し物
かつてコローメンスコエの村々は、 祝日にはたいへんなにぎわいをみせていたという。
現在、博物館主催で伝統的な祭りが再現され、当時を知ることができる。 例えば「ラジジェストボ(ロシア正教のクリスマス)」「マースレニッツァ(ロシア正教の大斎)」「ピョートル大帝の誕生日」 「イヴァン・クパーラ(夏至のころに行われるロシアの民俗的な祭り)」などの日には、楽しい催し物があり、 モスクワ市内から家族連れで訪れる人が多い。ほかにもコローメンスコエでは、観光客用に、トロイカ(三頭立て馬車)乗車、 モスクワ川の蒸気船ツアー、歴史ある建造物内での食事会、鷹狩のデモンストレーションなど、15以上の見学コースが用意されている。
※ 右上の写真はコローメンスコエの敷地内にあるカザン聖母教会の内部


