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文学散歩 歳を重ねて知り得たトルストイの心

文豪トルストイの内なるものは何か?

 

 トルストイはロシア正教会にとっては 「背教者」である。

 トルストイはロシア正教徒の家に生まれ、 その教育を受けた。しかし、ある日、突然、このロシア正教会の公式の教義に異を唱え、 自分なりのロシア正教を提唱した。この彼の行動は彼の人生経験に裏打ちされたもので、彼にはたしかにそうする権利があった。

 しかし、それでもやはり、 トルストイはロシア正教徒であったとは言えない。彼の心の中にあったものはキリストではなく、なにか別のものだ。 だからこそロシア正教会は彼を破門したのだ。

 彼の語っているものは神ではない。 そこに表現されているのは「人間が生きてどこまで至ったか。その結果何が起きたのか」というものだ。アンナ・カレーニナも『復活』 のカチューシュカもそうだ。

 私が小学生のころ、 学校で有名な作家の詩や散文を暗記させられた。トルストイの『戦争と平和』のボルコンスキーが樫の木の下に横たわって、 人生の意味、 許しの意味について瞑想する場面も暗記させられた。

 私はいつも文学の授業で優等生だった。 しかし、私はなぜかこのトルストイの箇所を暗記できなかった。

 なぜか? 

 それが今になって解った。 この瞑想の意味を当時は理解できなかったからだ。

 今、 私はこれだけ人生を生きてからみると解る。50歳を超えるとボルコンスキーの瞑想の意味が解る。ほかにも『復活』、『アンナ・ カレーニナ』、……。これらはみな人生を生きてみないと本当の意味で理解できない。

 トルストイにはいくつか戯曲もある。 私が20年ほど前に演じた戯曲『生ける屍』は酒で人生をだめにした貴族のプラターソフが主人公だ。 私はそのときすでに50歳だったのである程度は理解できた。しかし、それを今演じてみる。この主人公は現代の浮浪者とは違う。 彼は外見の浮浪者ではない、心の浮浪者である。最後の独白の部分は実にすんなりと演じることができた。感情なしの独白である。 しかしそれなのに涙なしではいられない。なぜならそれは人生そのものだからだ。それが今は解る。

 

 

『闇の力』 のテーマは現代に通じる世界

 

 トルストイ生誕180年を記念して、 2007年12月マールイ劇場で25年ぶりに上演されたトルストイの戯曲『闇の力』は非常に現代的だ。

 子どもを拒否する親。 それは日本でもヨーロッパでもロシアでもある現象だ。人が子どもを殺すとき、殺して窓から投げるとき、……、私は子犬さえ殺せない。 思うのはこのような子ども殺しに至るには、親の心はどれだけ傷ついていなくてはならないのかということだ。こうあってはならない。

 こういったことを人に理解させる力を持つのがトルストイだ。

 トルストイを現代のロシアの作家と比較するならソルジェニーツィンだと私は思う。 彼も思想家であり、非常に困難な人生を生き抜いた人間だ。そして、彼自身トルストイを意識していた。もう一人はヴァレンチン・ ラスプーチン(ロシアの農村派作家)であろう。ラスプーチンは最近あまり書いていないが、 彼がなにかを書くと必ず映画化または舞台化される。私の劇場では必ずこの作家の新作を研究している。

 トルストイはまさに人生を生きた作家だ。 チェーホフももちろん素晴らしい作家で私も上演するが、彼らは「年季の入り方」が違う。トルストイは年老いて、しかも病気であった。 こういうことすら人間を変えて深みをつけるものだ。

 

 

 

※写真上、ユーリー・ソローミン氏

※写真下、2007年12月マールイ劇場で上演された『闇の力』(演出:ユーリー・ ソローミン)