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カザフスタン共和国特集 アスタナとアルマティ

新首都アスタナの誕生

 

 アスタナはもともとカザフスタン北部の要所で、 19世紀初頭にはアクモリンスクという町だった。カザフスタン独立後にアクモラと改名され、 さらに遷都翌年の1998年に現在のアスタナに改称された。アスタナとはカザフ語で「首都」を意味する。 独立後カザフスタンの新首都として開発が始まり、大量の人口が新首都に移動し、 十数年の間に約30万人の人口は約74万人にまで膨らんだ。遷都は新国家としての国民意識を高めるためとも、 ロシア人の人口が多いカザフ北部にカザフ人口を増やして、北部の分離傾向を抑えることを意図したためとも言われている。

 

 旧市街の広がるイシム川南岸に、 首都機能を果たす官庁や大企業などの超近代的なビル群が並んでいる。街の周囲は砂漠に近いステップ地帯で、 上空から見るとまさに砂漠に浮かんだオアシスのような新都市である。

 気温は夏には40度、冬にはマイナス50度近くにまで達する。 この厳しい気候を和らげるために街を囲むような植樹計画が進行中だ。

 

  

新シルクロード・プロジェクト

 

 新市街は、 カザフスタンのシンボル「バイテレク搭」とその背後の大統領府「アク・オルダ」から総合ショッピングセンター「ハン・シャティル」 まで一直線にのびるヌルジョル大通りが中心だ。この大通りの両側には外務省や国防省、 議会など超近代的な建物の官庁やオフィスビルが並んでいる。

 

 アスタナは1999年にユネスコより平和都市の称号を贈られ、 2003年にはムーディーズの世界都市信用格付けにもノミネートされた。2012年5月にはアスタナ経済フォーラムが開催され、 元英国首相トニー・ブレアなど世界各国から要人が参加した。フォーラムでナザルバエフ大統領は、 アスタナを人や物の新しい交流拠点として、運輸インフラを強化し、 カザフスタンをアジアからヨーロッパへの一大ロジスティックセンターとする「新シルクロード・プロジェクト」構想を発表した。 すでにトヨタ、DHLなどが関心を示しているとも伝えられている。

 

 

シルクロードのオアシス アルマティ

 

 1997年に首都がアスタナに移った以降も、アルマティは文化、学問、 ビジネスの中心として、カザフスタン第一の人口を擁する都市であり続けている。 街は全体にアラタウ山脈のそびえる南に向かって緩やかに傾斜しており、街のかしこから雪を頂く3000メートル、 4000メートル級の美しい山並みを望むことができる。アスタナの乾いた空気とは異なり、 ステップ砂漠の都市というより高原都市のような爽やかな感じだ。標高も850メートルほどあり、天山山脈もすぐ目と鼻の先である。

 

 

緑の多いカザフスタンの大都市

 

 アルマティはアスタナに比べると落ち着いた雰囲気の街だ。4、 5階建ての低層のマンションやオフィスがゆったりとした街路に並び、市電が走り、緑が多く、静かな雰囲気を醸し出している。

 アルマティという名称はカザフ語でりんごを意味する言葉だと説明するのがカザフ人は好きだ。 実際に春には郊外の公園や農園にリンゴの花が咲き、そのほかアンズ、サクランボが花開く。気温は夏は30~40度、 冬はマイナス10~15度。日本との時差はマイナス3時間である。

 シルクロードのオアシスと呼ばれる緑豊かなアルマティではあるが、 一方では活発な生活が繰り広げられる現代都市でもある。現在、人口は140万人。 非公式には流入人口を含めて200万人とも言われている。

 カザフスタン南端の街アルマティはキルギスの首都ビシュケクにも近く、 通りにはキルギスナンバーの車も混じる。また、市内から中国新疆ウイグル自治区のウルムチ行のバスも発着する。 砂漠にふってわいたような新興都市アスタナとは異なり、中央アジアのオアシス都市であることが感じられる。 通りや中央市場ではカザフ人や中央アジアのほかの民族、それからロシア人、朝鮮系などさまざまな顔に出会う。 まさに民族の十字路の街といえよう。

 

 

アルマティの歩み

 

 アルマティはあまり古い都市ではない。 もともと遊牧を主とするカザフ人には大きな街は近代に入るまであまり築かれてこなかったようだ。アルマティには、 中世後期にカザフやチュルク、モンゴル系の遊牧民の停泊地があり、小規模な定住地があったところに、1854年、 ロシア帝国の進出と共に砦が築かれたのが都市の起源とされている。

 ロシアの植民都市として発展してきたが、 1887年と1911年の巨大地震では壊滅的被害を受けた。ロシア帝国の崩壊後、1927年、アルマティは新しく誕生したカザフ・ ソビエト社会主義共和国の首都になる。1930年にはモスクワとの鉄道連絡が開通。こうしてカザフスタンの首都、 最大の都市としてのアルマティの発展が始まった。

 1997年の遷都ののちも「南の首都」と呼ばれ、大統領官邸もある。 昨年2011年111月にはカザフスタンで初めて、中央アジアでも2番目の地下鉄が開業した。また同年、 アスタナとともにアジア冬季競技大会の会場となり、アルペンスキー、スキージャンプの会場になった。

 

 

アルマティの見どころ

 

● 28人のパンフィロフ戦士公園とゼンコフスキー聖堂

 第二次大戦中のモスクワ防衛戦に参加したパンフィロフ将軍率いる28人の戦士を記念した公園。 市街の中心部にあり、市民の憩いの場だ。公園の中央部には、 1911年の大地震のときにも崩壊しなかった唯一の建物と言われるロシア正教会のゼンコフスキー聖堂がある。

 

● コクトベ

 ロープウェーで昇る山頂公園。頂上付近からは市内を一望でき、 山頂を巡る薔薇の散歩道にはおみやげ屋が並んでいる。夜はディスコ大会なども開かれ、週末は若者や観光客で賑わう。

 

● ジベック・ ジョルィ通り

 アルマティで一番賑やかなプロムナード。ジベック・ ジョルィはカザフ語でシルクロードの意味。歩行者天国になっており、レストラン、デパート、各種店舗が並ぶ。

 

● 中央モスク

 1999年に完成したアルマティ最大のモスクで約7000人収容。 大きな金のドームの下部をコーランの祈りの言葉が囲んでいる。

 

● 中央バザール

 多種多様な民族と品物が入り交じる市場は市井の人々の生活も垣間見ることができる。

 

● カザフ民族楽器博物館

 代表的な民族楽器ドンブラをはじめ60種類を超える民族楽器が展示されている。

● 大アルマティ湖

 アルマティ市内から25キロメートルほど南方に向かうと天山山脈北西部に連なる 「イレ・アラタウ国立公園」に至る。国立公園の広さは約20万平方メートル。美しい渓谷を形成する大アルマチンカ川に沿って、 糸杉の山を登って行くと、標高2511メートルの大アルマティ湖がある。

 

 

 

※写真上、アスタナ、バイテレク塔
※写真上から2番目、アスタナ、巨大ショッピングセンター「ハン・シャティル」
※写真上から3番目、アルマティ、たくさんの人と品物でにぎわう市場
※写真下、大アルマティ湖